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<< 第5回>> 勢川びき 2001年4月8日

相対性理論的文化

 この歳になっても未だにピンとこないものの一つに相対性理論や量子力学があります。
 もっとも、ハナから深く理解をすることなど諦めていますが、なんとなくでも分かった気になりたいのになれないのです。

 相対性理論によると、「時間と距離は同じもの」だそうです。分かります?わたしゃ未だにピンと来ません。  

 で、ふと思ったのが日本語と英語の違いです。

 日本語で「ちょっと待ってね」は英語では「One second, please」となります。

 「待つ」という時間に関連する事項を表現するために、英語では時間の単位である「second(秒)」を使っているので分かりやすいのですが、どうして日本語では「一寸」と書いて「ちょっと」と読む言葉を使うのでしょう。
 「一寸」は元々は「距離」の単位です。
 で、気がつきました。
 日本語(もしくはその大もととなった中国の文化)はアインシュタインが生まれる何世紀も前から相対性理論が言う「時間と距離は同じもの」ということをちゃんと理解していたのに違いありません。

 そう言えば「一寸先は闇」ということわざの「一寸」も距離とういよりは実は時間を示しています。あちらこちらで日本語は距離と時間の境界線を曖昧にしているのです。

 と、ここまで考え、相対性理論的文化については日本の勝ち、西洋(アメリカ)の負け、という判定を下そうとしたのですが・・・アメリカ人が「One second」と言って席を離れると、まあ、早くても数分は帰ってきません。「1秒」と「数分」ではあまりに差がありますが、この事象を「相対性理論では『時の進み方は一様ではない』」ということを思い出すと、アメリカ人の方が個人個人に勝手な時間軸を持っているとうい意味で、アメリカ人の方が相対性理論的・・・(?)


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