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勢川びき
1999年10月23日

No.13「期待は一歩ずつ」

 江実が産まれてからのこのホームページでの報告は、事実報告ばかりに偏っていたので、久しぶりに江実が私にくれたメッセージを書いてみようと思います。

 術後一ヶ月が経ち、少し精神的にも余裕が出てきたみたいなので。

 人間、何気なく毎日を送っていると多くのことが当たり前になってしまいがちです。でも、江実と過ごしていると、人間ってすごいなあ、と改めて気がつきます。

 江実が産まれる以前の江実に対する最大の期待は「江実に、空気を吸わせてやりたい」ということでした。母親の体から出かかった状態で、オギャーと泣き、息をしたのを目の当たりにした時、その期待は達成されました。

 その後は、
 「江実に光を感じさせてやりたい」
 「江実の手を握ってやりたい」
 「自分の手足を動かすという経験をさせてやりたい」
 など、次々と期待が達成されていきました。母親のお乳を吸わせてやりたいというのも、手術前に実現しましたが、その時はまだお乳は殆どでていませんでした。術後はまだ直接はおっぱいに吸いついていません。でも、私や母親のぬくもりは感じてくれているはずです。

 手術での期待---それはシンプルでした。「死ぬな」。それだけでした。「まだまだ人生として経験して欲しいことがいっぱいある。だから生きろ」でした。
 森山良子の歌に「生きてりゃいいさ」とうのがありますが、それは「どこかで何とか生活してれば、それで嬉しい」という意味ですが、江実の手術前は本当に「生きてりゃいいさ」でした。

 手術室の前で、延々と手術終了の知らせを待った後に、看護婦から「Surgery was succeeded」と言われた時は、クラッとするくらい嬉しさがこみ上げてきました。

 手術室から出てきて、ベッドの上で薬で眠り全く動かず、大量のチューブやセンサーをつけられた江実を見たときは、何の期待もなく、ただただ「えらいぞ江実。よく頑張った」と感謝の気持ちでいっぱいでした。

 その後、つけられていたものが毎日のように減っていき、「つけられているものが何もなくなる日」を期待するようになりました。その意味では、ペースメーカーを入れる手術をすることが決まったと聞いた時は、少し残念な気がしました。でも、安定した鼓動が得られ、心配がなくなるという意味では、却っていいことだと考え、気持ちとして受け入れることができました。

 そして、前回書いたように「退階」への期待---これが達成され、本当に嬉しかったです。少し問題がある赤ん坊(例えば未熟児とか)と同程度にはなったという意味で、言ってみれば、この日が江実の別の誕生日かもしれません。

 今は短期的ではなく、多少長い足の期待も寄せるようになりました。例えば、「笑って欲しい」です。江実の音「えみ」は「笑み」の意味もこめて名づけたものです。「笑う」という行為は人間として産まれてくる大きな価値の一つだと考えています。

 期待はだんだんと贅沢になっていくものです。

 がんばれ江実。色々なことができるようになろうな。

*写真は、私からミルクをもらう江実(本日撮影)


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