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万歩計

勢川びき
2001年5月


 
 「川村さん、どうぞ」
 看護婦に呼び出されて川村は小走りに診察室のドアを駆け抜けた。
 白衣を着た医者が回転椅子をくるっと回して川村の方に向いた。
 「どうですか、その後は。どうぞお座りください」
 川村は座らずに立ったままその場で足踏みをしていた。
 「ははは、私の前に来てから歩数をかせいでも仕方ありませんよ。どうぞお座りください」
 川村は腰につけている万歩計の蓋を開けて数字を確認した。今日はまだ四千歩ちょっとだ。午前中だし、仕方がないか。
 「どうです、ちゃんと一日に二万四千五百三十七歩以上歩いていますか?」
 「はあ……なかなかそうもいかなくて」
 「そうですか。仕方ないですね」
 「……ちゃんと二万四千五百三十七歩以上歩いた時は、確かにその次の日は調子がいいのです。この一ヶ月色々な歩数を試してみたのですが、十歩でもその歩数に足りないと調子が悪いし、二万四千五百三十七歩という歩数が私にとって適正な歩数であることは身を持って知りました。先生の診立ては正確ですね。驚きました」
 「そう言ってくださるのは嬉しいのですが、実際には中々その歩数を達成できないようでしたら、万歩計療法はあなたには向いていないようですね」
 「ええ、できたら他の治療法に変えられるのなら変えたいのですが」
 「では、ちょっとお高くなりますが次のレベルの治療法をご紹介しましょう。あなたのデータは既にこのコンピュータに入っていますから。そうですね、まんしょうけい万笑計療法はいかがですか?えー、あなたの場合は一日に千三百十一回笑えばいいようですが」
 「笑う回数ですか……。それはちょっと辛いですね。仕事が葬儀屋なもので」
 「それは失礼しました。では、万語計(まんごけい)療法はいかがでしょう。一日に十万飛んで二百六十語を喋ればいい。ちょっと問題は万語計が高いことですが」
 「おいくらですか?」
 医者は黙って紙に値段を書いて川村に見せた。
 「はあ、ちょっと……他は?」
 「そうですね、そうだ、これにしましょう。万息計(まんそくけい)です。一日に四万二千三百五十三回息をすればいいのです。小刻みに息をするだけですし、人気商品ですよ。是非、これを試してください」
 「はあ、なんか落ち着かない気もしますね」
 「とにかく今日はこれにしましょう、ね」
 医者が急に急ぎ出した。
 「他は何かありませんか?」
 「あることはありますが、とにかく今日はこれで」
 川村は医者が時々腰のあたりをチラチラ見ていることに気がついた。
 「先生も何かおやりになっているのですか?」
 「ええ、私は万診計(まんしんけい)を使っています。一日に九十六人を診察しなければならないのに、今日のペースは遅くて……」

[おしまい]


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