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恐ろしい道

勢川びき
1998年8月

 むっとした空気が漂っている。
 足元は暗闇である。体の周りの空気は完全に止まって生暖かい湿気をたっぷりと含んで体にまとわりついている。
 カサカサ---
 細い曲がりくねった道を覆うように密生している竹林が上空だけを流れている風に煽られて揺れている。無数の笹の葉の陰からほんの僅かに満月の断片が時折見える。しかし、足元に月光が届くことはない。
 「ふー」
 山田は息苦しくなった金魚のような溜め息をついた。体全体が空気の湿気と汗の混じったもので覆われている。
 『とにかくこっちの方へ歩いていかなくては』山田はそう自分に言い聞かせて、足を運んだ。
 どのくらいの時間この道を歩いているのだろう。この道はどこへ続いているのだろう。なぜ自分はここにいるのだろう。---何も分からなかった。ただ、分かっているのは『このままこの道を歩かなければいけない』ということだけだった。
 ぴしゃん
 静寂を突き破るような水の滴る音が響いた。突然のため、山田は全身が凍るような恐怖を覚えた。多分、体も多少飛び上がったのかもしれない。無意識の内に足も止まっていた。
 しかし、それ以上何も起こらなかった。笹の葉がこすれあうはるかに小さな音が暗黒の中を流れているだけだった。
 山田は再び足を引き摺るように歩き始めた。
 くわっ
 今度は人間が締め上げられるような声が響いた。山田は思わずしゃがみ込んでいた。月夜の明かりにつられてついつい奇声を発した鳥だったのかもしれない。
 『恐ろしいと思うから怖いのだ。そうだ、この道以外のことを考えよう』山田はそう決心して、立ち上がろうとした。その途端、首筋に何かが触れた。氷のように冷たかった。
 「うわっ!」
 山田は叫んで再び座り込んだ。『な、なんだ今のは』恐る恐る顔をゆっくりと上空に回し、暗い空を見上げた。---何もない。いや、何も見えない。
 しばらくそのままの姿勢で固まっていたが、やっと立ち上がった。
 『そうだ。俺は科学者なのだ。この世に幽霊や化け物など存在しない。在るのは恐怖心だけなのだ』
 そう思うと少し気が楽になり、スタスタと歩き出すことができた。
 『俺は科学者だ。それも発明家だ。いいぞ、段々思い出してきたぞ。そうだ、最近の発明品のことを考えよう。えーと、何だったかな』
 その時、すぐ横の竹林がガサガサ!と大きな音を立てた。
 「うわぁ!」
 山田は驚きの余り、反対側の竹薮の中に倒れ込んだ。その山田の目に飛び込んできたのは、空中に浮かんでいる白い男の顔だった。無表情に山田を見つめていた。
 「た、助けてくれぇーーー」
 山田は道を全速力で走り出した。
 ところが、暗闇の道はそのすぐ先で直角に曲がっていて、山田は曲がりきれずに竹薮の中に突っ込んだ。倒れた山田の目の前には地面から白い手が生えていた。そして、急に指をパッと開いた。
 「うぎゃぁぁぁぁ」
 山田は半狂乱で立ち上がり、直角に曲った道の方に転げるようにして走った。

 そこは、突然目が眩むような明るい場所だった。
 まったくの昼間である。
 「くはっ、くはっ」
 大きく呼吸をしながら立ちすくんでいる山田に男が寄ってきた。
 「山田博士、どうやら大成功のようですね。その顔を見れば分かりますよ」と男は笑いながら言った。山田はまだ息が整わない。
 「博士が発明した『最近の十分間だけを忘れる光線』を使ったこのお化け屋敷のことですよ。怖かったみたいですねぇ。すごい顔色と汗ですよ。入り口でこの光線を浴びさせて、自分がお化け屋敷に入ったという事実を忘れさせるだけで、大した事がない設備のお化け屋敷でもそんなに怖がれるものなのですね。お化け屋敷の事業への応用は大成功しますよ。きっと。他にこの光線の使い道なんてありませんものね。たった十分間分だけしか忘れられないし。それにしても『最近の十分間だけを忘れる光線』を発明したことは覚えているはずの博士でもこれだけ怖い思いをできるのですから、すごいのでしょうね」

 山田はただ呆然としていた。恐怖のため、その光線を発明していたこともどうしても思い出せなかった。どうやら、多くの記憶もこのお化け屋敷が奪ってしまったようだ。

[おしまい]


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