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プライベート天国

勢川びき
1999年11月

 フィラン氏は目隠しを外した。
 車はまだ走っている。途中は睡眠薬を飲まされて眠っていたので、どのくらいこの車が走ったのか全く検討もつかない。一時間なのか、三日なのか。時計も取り上げられている。
 外は雄大な自然が広がっている。大きな山々に囲まれた盆地である。

 「そろそろ到着です」
 運転手が事務的にそう告げた。まもなく、森と高い壁に囲まれた門が目の前に現れた。どこかに監視カメラでもあるのだろう。車が近づくと音もなく扉がいた。壁の中は高級感あふれる街であった。緑も多く、家々も素晴らしい。石畳の歩道を初老の男が散歩している。

 「あ、あれはペーター・カーツでは!」フィラン氏は声をあげた。「フィランさん、到着されたら、そのような発言は絶対なさらないでください。確かにあれは元俳優のビル・カーツさんですが、今はこれからのあなたがそうであるように、名前を変えて平穏に暮らしていらっしゃいます。ここでは、決して外の世界で使っていた名前はお互い知っていても使わないのがルールですから。違反されれば、即、出ていっていただくことになりますよ」
 運転手は丁寧ながらも迫力ある声でそう言った。
 「分かっているよ」フィラン氏はそう言って車のソファに身を沈めた。もし、再び元の世界に戻ったら、どうなるだろう。死んだはずの大富豪が突然生きて現れたら。それも単なる大富豪ではなく、マスコミにいつも取り上げられていたプレイボーイのこの俺である。これまでの気が狂いそうなマスコミの追跡以上に追っかけまわされるようになるに違いない。あの下司なレポーターの顔を見なくて済むようになるここでの生活を大事にしよう。とんでもない金額まで払ったのだし。

 しばらくして、車は小さなビルの前に到着した。その間、暗殺されたはずの大統領や、自家用飛行機の墜落事故で死んだはずの有名作家などの顔を見かけた。
 ビルには装飾された文字で「プライベート天国・事務所」と書かれてある。
 「さて、お疲れ様でした。もう間もなくお連れ様も別の車で到着される予定です」

 フィラン氏は車から降りた。空気もすがすがしい。外の世界では俺は交通事故で死んだことになっていて、今ごろマスコミは大騒ぎだろう。これから、あの連中に追い回されることがないと思うと余計に空気がうまい。特に最近はしつこさと下品さで人気があるレポーターのベトロ氏に目をつけられていたので、本当に毎日が憂鬱だった。
 しかも、数ある女性を振り切り、長年アプローチしていたリンダを口説き落とし、この街で過ごせることになったのは夢のようだ。スーパーモデルだった彼女も、これ以上マスコミに追いかけられるのが嫌になり、俺に着いてくる決心をしたのだろう。一時自殺未遂の噂まで流れたし。

 フィラン氏が来た方向の反対側からエンジンの音が近づいてきた。リンダも到着したのだ。
 フィラン氏は気持ちを押さえきれずに、車の方に駆け寄っていった。
 「リンダ!……いや、サンドラ!」この街での名前を叫んだ。
 しかし、車から出てきたのは、二度と会うことがないと確信していたレポーターのベトロ氏だった。
 「なぜだ?」フィラン氏は驚愕と困惑で表情が凍りついた。ベトロ氏はニヤニヤしながら、
 「おやおやフィラ……いやいや、ここでは初対面ということですね。初めまして。へへへ……。いやあ、私もちょっと有名になりすぎて、嫌になりましてね。ここにお世話になることにしたんですよ。いやあ、それにしても驚きました。これほどの方々がまだ生きていたとは。もちろん、私も元の世界には戻りたくないからここに来たのですから、ご安心ください。このことをあっちの世界に伝えるなんてことはしませんから」
 フィラン氏も、「それはそうだ」と少し安心しかけた。ペドロ氏はヘッヘッヘと笑いながら「でもね、規約でこの街で以前の職業を続けちゃいけない、とはどこにも書いてないのですよ。これだけの人がいて、何もゴシップネタがないと退屈でしょう。私がここの街を楽しい街にしてあげますよ、へへへ」

[おしまい]


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