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危険がいっぱい

勢川びき
1999年6月

 どん!と背中に誰かがぶつかった。
 竹中は危うく線路に落ちそうになった。なんとかホームに踏みとどまり、後ろを振り向いた。雑踏の中を小柄な女が小走りに去って行く。電車は直後にやってきた。落ちていたら助かっていない。
 やはり、人ごみの中は危ない。
 竹中は踵を返し、駅から出ていった。
 タクシーを使おう。
 タクシーを待つ列のほんのすぐ横で、金属音が響いた。タクシー乗り場の横のビルの工事現場から、スパナ−が落ちてきたのだ。これも当たればただではすまない。
 タクシーに無事乗れたものの、途中で2回も事故寸前の目に会った。運転手も「あぶねえな、今日は。変な日だ」とつぶやいた。

 竹中には原因は分かっている。
 狙われているのだ。『移植救命会』に。
 一年ほど前に、竹中は移植救命会の会員になった。近年、臓器移植は一般的になり、そのお陰で、以前は静かに死を待つしかなかった患者の多くが助かるようになった。しかし、一方で、臓器提供者の数は中々増えなかった。臓器不足は深刻な状況だった。善意に基づいて臓器提供登録者を募るのには限界があった。そこで、2年前に政府は民間に業務を委託した。その委託先が移植救命会である。
 移植救命会は政府ではとてもできない方法を始めた。登録者には多額の金が支払われる。もし、死んだら、有無を言わさず臓器を提供する。また、六十歳まで生き延びれば、この金はもらったままで、死んでも臓器提供する義務はなくなる。
 竹中は、会社勤めに嫌気がさしていた時で、自分で事業を始めるのには金が必要だった。早速、移植救命会に登録して金を受け取った。その額は事業を始めるのにも十分なものであった。「臓器提供を待つ側の数が膨大だから、こんなに金をもらえるのかな?」と少し不思議に思った。
 金を受け取るのと同時に頭の外皮に小さなセンサーを埋めこまれた。常時脳波を検出して、センターにその情報を送るものだそうだ。もし、脳死状態になれば、救急車より先に現場に係員が駆けつけ、その後の手続きを取るためのものだという。
 一度、竹中は、軽い気持ちでいたずらをしてみた。釣りで使う鉛の錘を大量にヘルメットの内側に貼り、被ってみた。電波が遮断されるはずだ。2分もしない内に、中年の男が部屋に飛び込んできて、私が元気にしている様子を見て「もうやらないでくださいよ」と、とてもがっかりした様子で出ていった。
 あまりに早い係員の到着に、その時は単純に感心しただけだったが、その後、徐々に今日のように、身の回りにやたら危ないことが増えてきて、竹中は、「狙われている。あれだけ多額の金をみんなに払って、みんなが六十歳まで生きていたら、このシステムが成り立つはずがないじゃないか。あの係員だって、実は俺の身の回りにいつもいる殺し屋兼連絡屋じゃないのか」と思うようになった。
 竹中の毎日には神経が休まる暇がないようになった。危ないことの連続の毎日だ。神経が研ぎ澄まされ、以前は気がつかなかったような小さな危険も察知できるようになった。当初は「よし、何が何でも俺は生き延びてやるぞ」と意気込んだが、毎日の連続で疲れ果ててきた。
 竹中が向かう先は移植救命会の事務所だった。金を返して、提供候補者会員を奪回するためだ。このままじゃ、なんの人生か分からない。怯えるだけの毎日なんて、もうごめんだ。

 移植救命会の入り口の脇で大きな口を空けているマンホールを横目に竹中は事務所の中に入った。
 金を差し出し、脱会を申し出ると、窓口の女性は、にこにこと理由も聞かずに「そうですか、分かりました」と、竹中の申し出を受け入れ、センサーを無効にする特殊電波を出す棒を竹中の頭に近づけ、「これで終わりです。明日には手続きが終了します。また、入会する気になりましたら、おこしください」と言った。あっさりしたものだった。
 竹中は、大きな重荷が肩から外されたように、軽い足取りで出口に向かい、外に出た途端、「やった!」とこぶしを握り締め、横断歩道を走り始めた。
 そこに、大型トラックが左折してきて、竹中は巻き込まれて、即死した。すぐに移植救命会の係員や救急車が駆けつけ、処理を始めた。
 「お金を返した後は油断しちゃうものなのよね。まだ契約は1日残っているって言ったのに。かわいそうに。でも目の前でというのは初めてだわ」その様子を見ていた窓口嬢は呟いた。
 その多額の金は契約中なので遺族に渡されるが、契約解除申し出の直後に亡くなる人の数が普通の確率ではないため、移植救命会は十分成り立っているのだった。もちろん、殺し屋などは存在しなかった。必要もなかった。

[おしまい]


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